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宝善院便り

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レモンカフェ 於:宝善院(京都府宇治市)

11月11日に、中宇治地域包括支援センター様主催のレモンカフェが当院で開催されました。
レモンカフェは、地域の方を対象に認知症の専門家からの正しい認知症への理解を深める場です。
今回は、22名の方が参加されていました。
13時半頃から参加の方が集まりだしました。
同じ地域の方ですので、見慣れた顔の方も参加されていました。

14時からは森田先生による紙芝居を使った、認知症についての話がありました。
宝善院でのレモンカフェ風景。森田先生による認知症への理解を深める講座。
時折、笑いを誘う講座に皆様真剣に聞かれていました。
認知症になられた家族への接し方や、今現在ある認知症の進行を遅らす方法の紹介をされていました。
進行を遅らすものは、薬と安心感らしいです。
薬は現在4種類あるらしく、もう間もなく新しいものもできるようです。
安心感は家族の協力も必要で、その協力には認知症への正しい理解というのが大切と話されていました。

講義の後は、鷹見先生による琴の演奏でした。
中学二年生のお弟子さんと一緒に、参加者の方たちが一緒に歌える民謡を演奏されていました。
宝善院でのレモンカフェ風景。鷹見先生による琴の演奏。
綺麗な音色が、書院に響いていました。
参加者の方も子供の頃から慣れ親しんだ曲を懐かしみながら歌われていました。

最後に、カフェということで一緒にコーヒーを頂きました。
私どもも一緒にお話しをし、皆様の仲の良さを感じながら楽しい時間を過ごさせて頂きました。
宝善院でのレモンカフェ風景。当院からのご挨拶。
地域の方が集う場所として、宝善院がお役に立てれたことは大変嬉しいことです。
このご縁に感謝し、大切にしていけたらと思っております。
ありがとうございました。

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謹賀新年

年頭に当たり、謹んで皆様に新年のご挨拶を申し上げます。
皆様にとって希望に溢れた新年を迎えられましたことをお喜び申し上げます。

本年は、墓地への参道にお地蔵様を新たに建立予定です。
新たなお地蔵様を迎えるにあたり、更に宝善院が活気あるお寺になるように願っております。
また、毎年2月に行います干支の守本尊様の祈祷法要においても檀信徒・有縁者各位と考案をし、昨年とは少し違うものになるように邁進しております。
どうぞ、本年もよろしくお願い致します。

新年を迎え、各位におきまして素晴らしい一年になりますことを祈念し、新年のご挨拶にかえさせて頂きます。




新年の準備

本年も残すところ数時間になりました。
当院での新年の準備は終わり、新たな年を迎えるのを待つのみになりました。

本年一年間を表す漢字が『災』でした。
字の如く、大阪北部地震・西日本豪雨・台風21号等に被災された方には心よりお見舞い申し上げます。
京都新聞記事等の通り、当院での坐禅会により義援金を募り、送らせて頂きました。又、当院に於いては、庫裡の屋根瓦の損傷はありましたが、事前にお墓への参道石畳の整備・樹木の剪定等を行い、事なきを得ました。
これも仏様のご加護・各位のご法援と深謝しております。

迎える年は已亥歳です。
禍(災)転じて福となす歳になります様ご祈念申し上げ、歳末の挨拶にかえさせて頂きます。


生きる意味ー夜坐法話[三]ー

ある方の疑問をお聞きしました。
人はなぜ生まれ、死んだらどこへ行くのか。
という問いでした。
その方は、死んだら魂はどのようになるのかを知りたかったのですが、そこにいくまでの問いです。
本日は、一つ、『生』についての意味を、私なりにお話致します。

生まれてきた理由ですが、たまたまこの世に生まれてきたのだと思います。生きる意味は、後から自分自身で見つけていくものです。
同じような質問は、よく聞かれます。
実は、仏教をお開きになったお釈迦様も同じことを問われています。
その答えは、「無記」と言われています。
要は、何も答えない。答えようがない。ということです。

お釈迦様が言われた、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」という言葉をご存知ですか。
この言葉は、過去現在未来また天にも地の果てにも自分という存在は、ただ一人ですよ。とても尊いものなのですよと説かれたものです。
同じようなことを説かれている仏像が御本山の萬福寺にあります。大雄宝殿(だいおうほうでん:萬福寺の本堂にあたるところ)の十八羅漢の中に羅晤羅尊者(らごらそんじゃ)という仏様がおられます。その方はお釈迦様の息子様で自分自身のお腹を開かれ、心の中の仏様の顔を見せられています。どんな人間にも仏様の心、仏心がありますよ。生まれたばかりの赤子でも仏心があります。とても尊いものなのですよといわれています。

私たちが、この世に誕生することは奇跡です。有難いことです。
そのことに気付き、また自分自身がどれだけ尊いものなのか、他の人がどれだけ尊いものなのかを気付きましょう。
そこで、人を大切に、自分を大切に生きていくことが大切だと思います。

どんな人間でも迷いというものが生じます。
迷って、迷って、随所に沢山のことを刻んで生きていきます。
生まれたことに理由はありません。
でも、生きた軌跡は残ります。
そこから、生きる意味というものが生まれてきます。
世の為、人の為、そして自分の為に良いと思う行いをした人ほど、その人が生きた意味は良いものになるのではないでしょうか。

どうぞ、間もなく迎える新年にあたり、この事を心のどこかにおいて頂けると幸いです。




平成30年12月23日月例夜坐分

【雑誌掲載】AFFLUENT2018Winter特集記事(京の隠れや)



アフルエント京都版11月号~本物を知る大人に~の特集ページにおいて宝善院が特集されました。
普茶料理を中心に、仏様・庭・御朱印について書かれていました。



ウェブサイトで記事がご覧になれます。
下記に紹介しておきます。

https://affluent-kyoto.com/archives/1487



自分のこころを大切にー夜坐法話[二]ー

『何よりも自分のこころを守りなさい。それが命の源です。』

会社、学校などで、人からの目を気にしすぎて、自分自身のこころに嘘をついていませんか?
ありのままの心で返事・行動をしていますか?

・話をしている相手に嫌われるかもしれないか不安で。
・周りからの評価が気になって。
・好きな子に好かれたくて。
そんな時、自分自身の意にそぐわない行動をとってしまっている。
それは、自分自身の心に嘘をついていること。

どんな時もでも、自分自身のこころを守ることを最優先して、ありのままの心で行動や返事をして下さい。
心が死んでしまったら、元も子もありません。
ありのままの心を守ることを優先しましょう。

禅宗では、このことを”自然(じねん)”といいます。
「良く見せよう」「見ている人を感動させよう」という自我を捨て、その時できる精一杯のことを実践する。
人間関係においても「自然のままの自分のこころ」が大切ということです。

どうぞ、そのことを心の片隅にでもおいて生活して頂けたら幸いです。


平成30年10月26日”守山バレー教室”
平成30年11月25日月例夜坐分