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仏事のお話 2018年12月

生きる意味ー夜坐法話[三]ー

ある方の疑問をお聞きしました。
人はなぜ生まれ、死んだらどこへ行くのか。
という問いでした。
その方は、死んだら魂はどのようになるのかを知りたかったのですが、そこにいくまでの問いです。
本日は、一つ、『生』についての意味を、私なりにお話致します。

生まれてきた理由ですが、たまたまこの世に生まれてきたのだと思います。生きる意味は、後から自分自身で見つけていくものです。
同じような質問は、よく聞かれます。
実は、仏教をお開きになったお釈迦様も同じことを問われています。
その答えは、「無記」と言われています。
要は、何も答えない。答えようがない。ということです。

お釈迦様が言われた、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」という言葉をご存知ですか。
この言葉は、過去現在未来また天にも地の果てにも自分という存在は、ただ一人ですよ。とても尊いものなのですよと説かれたものです。
同じようなことを説かれている仏像が御本山の萬福寺にあります。大雄宝殿(だいおうほうでん:萬福寺の本堂にあたるところ)の十八羅漢の中に羅晤羅尊者(らごらそんじゃ)という仏様がおられます。その方はお釈迦様の息子様で自分自身のお腹を開かれ、心の中の仏様の顔を見せられています。どんな人間にも仏様の心、仏心がありますよ。生まれたばかりの赤子でも仏心があります。とても尊いものなのですよといわれています。

私たちが、この世に誕生することは奇跡です。有難いことです。
そのことに気付き、また自分自身がどれだけ尊いものなのか、他の人がどれだけ尊いものなのかを気付きましょう。
そこで、人を大切に、自分を大切に生きていくことが大切だと思います。

どんな人間でも迷いというものが生じます。
迷って、迷って、随所に沢山のことを刻んで生きていきます。
生まれたことに理由はありません。
でも、生きた軌跡は残ります。
そこから、生きる意味というものが生まれてきます。
世の為、人の為、そして自分の為に良いと思う行いをした人ほど、その人が生きた意味は良いものになるのではないでしょうか。

どうぞ、間もなく迎える新年にあたり、この事を心のどこかにおいて頂けると幸いです。




平成30年12月23日月例夜坐分

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