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宝善院便り

謹賀新年

年頭に当たり、謹んで皆様に新年のご挨拶を申し上げます。
皆様にとって希望に溢れた新年を迎えられましたことをお喜び申し上げます。

本年は、墓地への参道にお地蔵様を新たに建立予定です。
新たなお地蔵様を迎えるにあたり、更に宝善院が活気あるお寺になるように願っております。
また、毎年2月に行います干支の守本尊様の祈祷法要においても檀信徒・有縁者各位と考案をし、昨年とは少し違うものになるように邁進しております。
どうぞ、本年もよろしくお願い致します。

新年を迎え、各位におきまして素晴らしい一年になりますことを祈念し、新年のご挨拶にかえさせて頂きます。




新年の準備

本年も残すところ数時間になりました。
当院での新年の準備は終わり、新たな年を迎えるのを待つのみになりました。

本年一年間を表す漢字が『災』でした。
字の如く、大阪北部地震・西日本豪雨・台風21号等に被災された方には心よりお見舞い申し上げます。
京都新聞記事等の通り、当院での坐禅会により義援金を募り、送らせて頂きました。又、当院に於いては、庫裡の屋根瓦の損傷はありましたが、事前にお墓への参道石畳の整備・樹木の剪定等を行い、事なきを得ました。
これも仏様のご加護・各位のご法援と深謝しております。

迎える年は已亥歳です。
禍(災)転じて福となす歳になります様ご祈念申し上げ、歳末の挨拶にかえさせて頂きます。


生きる意味ー夜坐法話[三]ー

ある方の疑問をお聞きしました。
人はなぜ生まれ、死んだらどこへ行くのか。
という問いでした。
その方は、死んだら魂はどのようになるのかを知りたかったのですが、そこにいくまでの問いです。
本日は、一つ、『生』についての意味を、私なりにお話致します。

生まれてきた理由ですが、たまたまこの世に生まれてきたのだと思います。生きる意味は、後から自分自身で見つけていくものです。
同じような質問は、よく聞かれます。
実は、仏教をお開きになったお釈迦様も同じことを問われています。
その答えは、「無記」と言われています。
要は、何も答えない。答えようがない。ということです。

お釈迦様が言われた、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」という言葉をご存知ですか。
この言葉は、過去現在未来また天にも地の果てにも自分という存在は、ただ一人ですよ。とても尊いものなのですよと説かれたものです。
同じようなことを説かれている仏像が御本山の萬福寺にあります。大雄宝殿(だいおうほうでん:萬福寺の本堂にあたるところ)の十八羅漢の中に羅晤羅尊者(らごらそんじゃ)という仏様がおられます。その方はお釈迦様の息子様で自分自身のお腹を開かれ、心の中の仏様の顔を見せられています。どんな人間にも仏様の心、仏心がありますよ。生まれたばかりの赤子でも仏心があります。とても尊いものなのですよといわれています。

私たちが、この世に誕生することは奇跡です。有難いことです。
そのことに気付き、また自分自身がどれだけ尊いものなのか、他の人がどれだけ尊いものなのかを気付きましょう。
そこで、人を大切に、自分を大切に生きていくことが大切だと思います。

どんな人間でも迷いというものが生じます。
迷って、迷って、随所に沢山のことを刻んで生きていきます。
生まれたことに理由はありません。
でも、生きた軌跡は残ります。
そこから、生きる意味というものが生まれてきます。
世の為、人の為、そして自分の為に良いと思う行いをした人ほど、その人が生きた意味は良いものになるのではないでしょうか。

どうぞ、間もなく迎える新年にあたり、この事を心のどこかにおいて頂けると幸いです。




平成30年12月23日月例夜坐分

【雑誌掲載】AFFLUENT2018Winter特集記事(京の隠れや)



アフルエント京都版11月号~本物を知る大人に~の特集ページにおいて宝善院が特集されました。
普茶料理を中心に、仏様・庭・御朱印について書かれていました。



ウェブサイトで記事がご覧になれます。
下記に紹介しておきます。

https://affluent-kyoto.com/archives/1487



自分のこころを大切にー夜坐法話[二]ー

『何よりも自分のこころを守りなさい。それが命の源です。』

会社、学校などで、人からの目を気にしすぎて、自分自身のこころに嘘をついていませんか?
ありのままの心で返事・行動をしていますか?

・話をしている相手に嫌われるかもしれないか不安で。
・周りからの評価が気になって。
・好きな子に好かれたくて。
そんな時、自分自身の意にそぐわない行動をとってしまっている。
それは、自分自身の心に嘘をついていること。

どんな時もでも、自分自身のこころを守ることを最優先して、ありのままの心で行動や返事をして下さい。
心が死んでしまったら、元も子もありません。
ありのままの心を守ることを優先しましょう。

禅宗では、このことを”自然(じねん)”といいます。
「良く見せよう」「見ている人を感動させよう」という自我を捨て、その時できる精一杯のことを実践する。
人間関係においても「自然のままの自分のこころ」が大切ということです。

どうぞ、そのことを心の片隅にでもおいて生活して頂けたら幸いです。


平成30年10月26日”守山バレー教室”
平成30年11月25日月例夜坐分

【新聞掲載】洛タイ新報(夜坐・守山バレー教室)

11月8日の洛タイ新報の記事に、守山バレー教室様の夜坐の様子が紹介されました。

坐禅をしている生徒さんたちの写真も掲載されていました。

下に記事の写真を載せておきます。

京都・宇治黄檗山塔頭宝善院に於いて、守山バレーボール教室の坐禅会を行った様子が、洛タイ新報で紹介されました。


洛タイ新報を見ていますと、同じ日の記事にもう一つ宝善院を載せて下さっていました。

11日に行われる、NPO法人ちはやぶる宇治の未来を作る会主催の『月を感じるコンサート』についてでした。
併せて、写真を下に載せておきます。




「平成30年北海道胆振東部地震」義援金の報告と御礼

このたびの日本各地における度重なる天災により亡くなられた方々に対しまして謹んで哀悼の意を表します。また、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

宝善院では、「平成30年北海道胆振東部地震」において、被災された方々を支援するため、10月26日に開催しました守山バレーボール教室様の夜の坐禅会において義援金を募集させて頂きました。
皆様よりお預かりしました義援金は下記の通りとなりましたことをご報告させて頂きます。

義援金総額¥1,5000‐

皆様からの義援金は、京都新聞社会福祉事業団より日本赤十字社を通じて送金致しました。

皆様の温かいご支援とご協力に感謝申し上げます。そして被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

京都新聞の記事で紹介されていました。
併せて、報告させて頂きます。


夜坐【守山バレーボール教室】

10月26日、守山バレーボール教室の生徒さんが坐禅をされに来寺されました。
保護者の方も含め、32名の参加でした。

【京都宇治 宝善院】スポーツクラブの坐禅会の様子

普段の練習の時間を割いて、19時から一時間程坐られました。
坐禅の後、少し法話をして解散の運びとなりました。

普段の宝善院の坐禅会ですと、希望者にだけ警策(けいさく:修行者の背中を打つもの)を受けて頂いています。今回は、特別に全員に順番で受けて頂きました。
皆さん、思っている以上にしっかりと坐禅に取り組まれていました。

法話が終わり帰られる前に、集合写真を撮ることになりました。
皆さんと合掌をして、撮らせていただきました。

【京都宇治 守山バレーボール教室】宝善院での坐禅会での集合写真

今回は、親御さんも喜んで頂いてたみたいで大変良かったです。
また、このような機会があれば是非行いたく感じてます。




『大阪北部地震』『西日本豪雨』義援金の報告と御礼

このたびの日本各地における度重なる天災により亡くなられた方々に対しまして謹んで哀悼の意を表します。また、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

宝善院では、「大阪北部地震」「西日本豪雨」において、被災された方々を支援するため、7月22日に開催しました夜の坐禅会において義援金を募集させて頂きました。
皆様よりお預かりしました義援金は下記の通りとなりましたことをご報告させて頂きます。

義援金総額¥1,4000‐

皆様からの義援金は折半し、二つの被災地へ送らせて頂きました。
「大阪北部地震」の被災地へは日本赤十字社を通じて送金しました。
「西日本豪雨」の被災地へは京都新聞社会福祉事業団より日本赤十字社を通じて送金しました。

皆様の温かいご支援とご協力に感謝申し上げます。そして被災地の一日も早い復興を心よりお祈り申し上げます。

その後の甚大な被害が出ています「平成30年台風21号」「平成30年北海道胆振東部地震」の被災地への義援金を今後の夜坐で募集を検討中です。詳細が決まりましたら、こちらでも報告致します。

懸命な生き方はカッコ良い-夜坐法話[一]-

本日に安室奈美恵さんが引退されました。
25年間の辛い日々もあったであろう中で、ここまで走り続けてこられたのは大変素晴らしいことであると感じております。それと同時に、生き方は違えどあのような生き方が出来ればとも感じました。
どのような事にも、始まりがあれば終わりもきます。それは終わりもあれば、また新たな始まりがあることも意味しています。
ある本を読んでいますと、人間の一生をローソクに例えた話がありました。それを一つ紹介しておきます。
ローソクは、長さが寿命です。火を灯すと、その寿命を減らしながら周りに明るさと暖かさを与えることを使命として生きていきます。
やがて、そのローソクは燃え尽き、火が消え、活動が終わります。そこでローソクの一生は終わりです。
自分勝手に火を灯し生きることも出来ません。何かに火を灯してもらい、初めて燃え出します。つまり、生かされているのです。
人間も同じです。自分勝手にこの世に出てくるということはありません。何かの縁があって、何かの使命を持って、生かされているのです。
そのことに気付き、懸命に生きていかなければなりません。
このことを、安室さんの引退から改めて感じさせられました。
どんな辛いことがあっても、自分自身がしょうもない人間だなと思うことがあっても、懸命に生きていかないといけません。
この世の中は、『無常』の世界です。懸命に生きていけば、必ず良い方に流れることもあります。
常は無いと書いて無常です。変わらない物は、何一つありません。
あせらず、くさらず、明るく、懸命に生きたいものです。

平成30年9月16日夜坐分

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